静岡県浜松市天竜区で毎年8月中旬から下旬に行われる遠州地方最大の夏まつり「二俣まつり」は、全国的にはほぼ無名であるが、二俣諏訪神社遷座以来二百五十年余続く神輿渡御に伴う神事、この地を中心に伝わる独特の祭り囃子、十四台の歴史と伝統ある中大型クラスの舞台屋台が狭い町並みを時には全速力で走り、炎天下を威勢良い掛け声とともに朝から夜遅くまで全力で練り歩く勇壮な曳き回しは全国のコアな屋台、山、鉾、山車祭りファンから愛され続けている。同様に激しい曳き回しで知られる岸和田だんじりの関係者も、より大型の屋台を走らせるこの祭りには毎年必ず団体で視察に訪れており、屋台祭りを愛するものならば必ず見ておかなければならない祭りである。総勢十四台の屋台は遠州のみならず全国的に見ても大規模に行われる祭禮の一つではあるが、一年がかりの祭典準備、運行スケジュールの調整、当日の交通整理、伝統的なお囃子や屋台の維持保存に至るまで、ほぼ住民が主体となって運営されており、観光当局の手垢のついていない大衆文化を伝え続けてきた最後の祭りといえる。
天竜区には百台近くの屋台、花車、山車の類があるとされ、古くは天竜川水運による信州や江戸、京との交易、秋葉山信仰、明治以降は製糸、製材、鉱山の隆盛で栄えたこの地には歴史的価値ある屋台も数多く残されている。然し、近年急速な人口減、少子高齢化に悩まされ、存続の危機に瀕しつつある。
今こそ、この地で人々が永年培ってきたもの、受け継がれてきたことを記録に残しておきたい。
また、ライフスタイルの変化から伝統的な日本人の心の拠り所が減少していく中、現在は東京23区からほぼ姿を消してしまった山車、屋台の保存に努め、和の心を残して、お囃子を奏で、山車、屋台を熱く曳き回す関東各地の祭り人の熱狂も伝えていきたいと思う。