宿主を支配する微生物
ヒトに蔓延する「顧みられない感染症」の実態に迫る
帯広畜産大学原虫病研究センター 生体防御学研究分野
西川 義文 教授
ハイジャックされる宿主
いったいなぜなのか――。その理由を西川教授は次のように語る。
「トキソプラズマは、ヒトを含む哺乳類と鳥類、ほぼすべての恒温動物に感染します。なかでもトキソプラズマの生存・繁殖にとって重要なのはネコへの感染です。トキソプラズマは複雑な増殖サイクルによって子孫を増やしていきます。その繁殖サイクルを完成させるには、ネコへの感染が不可欠です。そのためトキソプラズマは、ネコの捕食対象であるネズミの行動を変え、自身が生存・繁殖しやすくしていると考えられています。これを『トキソプラズマの宿主ハイジャック機構』といいます」
「宿主」とは、病原体が感染した生物のことを指す。繁殖に不可欠な宿主のことを「終宿主」、それ以外の宿主を「中間宿主」という。トキソプラズマの場合はネコが終宿主、ヒトをはじめネコ以外の哺乳類や鳥類は中間宿主である。
ではなぜ、ネズミの行動変化が起こるのか。
トキソプラズマの感染は、マウスの行動変化だけでなく、うつ症状や記憶障害などの神経・精神疾患も引き起こす。西川教授らの研究グループは、こうした変化のメカニズムを解明するため、感染マウスの脳組織で、遺伝子発現がどのように変化するかを解析した。その結果、大きく2つのことが見えてきた。
「ひとつは、感染マウスで免疫反応を活性化させる遺伝子の発現が上昇し、脳で過剰な炎症反応が起きていること。もうひとつは、神経機能を司る遺伝子の発現が低下していることです。過剰な炎症反応と神経機能の低下によって、脳が何らかの影響を受けているのは間違いなさそうです。また、感染による病変が脳のどの部位に現れるかを調べてみると、高度な脳機能を担う前頭前野が大きな障害を起きていることが分かりました。こうしたことから、感染によって脳機能が障害を受け、行動や性格の変化、さまざまな神経・精神疾患が起きていると考えられます」
ヒトの場合も、マウスと同様、感染によって脳機能が障害を受けている可能性が高いとのことだ。
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